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意思を伝達したり、情報を交換するには絵や言葉と文字が最も効果的。

音や匂いや感触からも色々と知る事は出来るモノの、文字や言葉から情報を得る事が今の人類にはメインなのも事実でしょう。

さて日本語の、特に文字には漢字が根っこにあって、そこからひらがなやカタカナが産まれて、その文字で光彩溢れる文化を開花させたと言っても過言ではないと思うのです。

そんな文字、漢字の物語(^◇^)

「予(ワシ)は、この会を、わが子を追放する場としなければならなくなった」
王はそういったのである。
「丁(てい)よ」
丁は王子の名前だった。
王の名は小乙(しょういつ)。紀元前13世紀後半の中国は商(殷)という国の王様。

丁は時期が来ても神意を群臣に伝える事が出来ないという理由で、祖霊が王に放逐すべしと夢見で指示したと・・・。

致し方なく父は我が子に旅をさせる事になりました。

丁は今でいう失語の人だった。上手く話せないので王を継ぐことが出来なかったのですネ。
国を追われるという事は、当時の国の外はイキナリ野蛮なジャングルへと放り出されるという事に等しかったのです。

彼は生死を彷徨いながらジャングルの様な世界で逞しく成長し、艱難辛苦をなめる間に説(えつ)という若者と出会い、説は後に彼の第一の家臣になります。

説、のちの傳説(ふえつ)は丁の思いをそのジェスチャーや目つきから正確に判断でき、群臣にその心意を伝える事の出来る男だった。

丁は彼を伴い、生国へ帰還し王小乙の後を継ぐことになります。
何故なら丁は神意を伝える事が出来るようになったから。

傳説を介して見える言葉で群臣に神意を伝えるという事をしたのです。
見える言葉とはすなわち、文字の発明。

高宗武丁の言葉は今尚甲骨文に見ることが出来ます。
(文春文庫、沈黙の王 宮城谷昌光 著 参考)
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